齋地珠理子 ブログ M'S CREATION

スポンサー広告


スポンサーサイト


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



*Edit TB(-) | CO(-) 

日々の記憶


天国からのプレゼント


「まりちゃんに食べてもらいたくて~!
それだけじゃなくて
きっとまりちゃんの声が聞きたかったからだわ~(笑)」

電話の声は、懐かしい東北訛りの声だった。
Kさんの声。
Kさんは、60代半ばのチャーミングな女性。

先日、Kさんから大量のさくらんぼが届いた。
Kさんは、仙台に住んでいる。
近所の八百屋さんから
「山形の佐藤錦(サクランボの品種)のほとんどは、東北で出回っている。」
と聞いて
「もしかして東京ではかなり高価なのでは?」
と思い、急いで発送したそうなのだ。

いただいた佐藤錦は、甘くてやわらかくて、優しい味がした。

Kさんと出会ったのはもう12年前になる。
12年前の秋
Kさんの息子さんTさんが亡くなって3か月経った頃だった。


私と息子さんのTさんは、以前同じ職場で、営業をしていた。
共に仕事をすることは全くなかったけれど、同じフロアーでキリキリした表情で
毎晩事務処理をしていた「同志」である。

私は新人だった。
時代はまだ、男女の給与が異なり、
それでもバブルでどこの企業も「猫の手も借りたい」状態で
女性が男性と同じように新人から総合職に就かせる試みが
始まったばかりだった。
私が入社した会社も、その年、私を含め3人の女性を営業として採用した。

「偉そうに新人から営業で」
「大先輩の事務職の女性に来客のお茶くみをお願いする。」
「制服を着ない」
などと言われた。
仕事もあまり教えてくれない。
ミスをすると「そんなことも知らないの?」
外も内も敵地のような気分だった。

だから泣きべそをかきながら仕事をしていたこともある。

そんな時に
「みんなで飲みに行くか~!!」
と明るく声を掛けてくれたのがTさんだった。
始めは「こんなに忙しい時に~?」って思った。
が、みんなで飲みに行くようになって
少しずつ職場の人たちの私を見る目が変わったのは
Tさんのおかげだったかもしれない。

私は、出産を機に退職して専業主婦になった。

ある日友人から電話があった。
「Tさんが倒れた…」

その2年後
Tさんは亡くなった。

Kさんは、Tさんの住んでいたアパートを片づけながら
「もしかしたら息子には恋人がいたんじゃないか?」
と思った。
そしてTさんの写真や手帳を見て…
電話をくださった。
それがKさんとつながる始まりだった。
亡くなった息子さんがつないでくれたご縁。

残念ながら私は恋人ではなかったけれど
Kさんは、Tさんとの思い出話を幾晩もかけて
電話で話してくれた。
私は慰めの言葉をかけたかったけれど、何の言葉も思い浮かばない。
ただうなずくだけ。
一通り話を伺って、つい私は言った。
「よかった!Tさんは、こんなに幸せだったんですね~」

Kさんは、息子に何もしてやれなかったことを悔いていたという。
でも私の言葉を聴いたら、後悔が無くなったそうだ。

不思議な出会いから、今は親せきのようにお付き合いしている。
私の息子たちを、本当の孫のように可愛がってくれる。
私は、悩みを聞いてもらうこともある。
実の母以上に心の内を話しているかもしれない。

きっと
Kさんにとっても
私にとっても
相手の存在が必要で

きっと
Tさんが天国からプレゼントしてくれたんだと
私は、信じている。

ずっと大切に育んでいきたいと思う「つながり」
スポンサーサイト



*Edit TB(0) | CO(0)

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
 ◆Home  ◆Novel List  ◆All  ◆通常ブログ画面  ▲PageTop 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。